連載官能小説『喫茶グーテンベルク』第1回

連載官能小説

連載官能小説『喫茶グーテンベルク』第1回

ブラック企業に勤めていた高坂学は、精神を病んだため、退職することになった。

つまり――。

無職になったのである。

「はぁ、何をして暮らせばいいのだろう?」

しばらくは失業保険が出る。

しかし、それは永遠ではない。

「何かして働かないとな」

とはいっても、働くのが怖かった。

彼はブラック企業に勤めていた時、毎日罵倒され続け、とても苦しい思いをしていたのである。

だからこそ、同じような職場はイヤだった……。

そんな時――。

駅前から少し外れたところに、古びた洋館みたいな建物が建っているのがわかった。

(あれ、こんなところに、洋館なんてあったっけ?)

しばらく仕事漬けであったため、近所が変わったことに気づかなかった。

興味を持った学は、ふと洋館の前に立つ……。

すると、そこが喫茶店であるとわかった……。

(喫茶店か。いい雰囲気だな。ちょっと入ってみようかな)

そう思った学は、思い切って店の中に入った。

入り口のトビラをくぐると、「チリンチリン」という鈴の音が聞こえた。

「いらっしゃいませ」

と、女性の声が聞こえた。

若い女性の声である。

こんな洋館を喫茶店にしているのだから、さぞ、気難しい老爺がやっていると思いきや、そうではないようである。

店の中は、そこまで広くない。

カウンター席が五席。

奥の方にテーブル席が二席あるだけだ。

(いい雰囲気の店だな)

ちょうど店内には人がいなかった。

ざっと店内を見渡した後、彼はカウンター席に座った。

ふと耳を澄ませると、クラシックがかかっているようだった。

バッハの平均律が流れていたが、クラシックに疎い学は、何の曲なのかわからず、ただぼんやりと聞いていた。

「ようこそ、グーテンベルクへ」

「へ?」

「あ、この店の名前です。グーテンベルクっていうんです」

「そうなんですか?」

「お客さん、初めてですよね?」

「はい。そうです」

「この近くの人ですか?」

「まぁ、近くですかね」

「ゆっくりして行ってくださいね。これメニューです」

と、女性は言いメニュー表を渡した。

メニューはシンプルなものであった。

 

  • コーヒー
  • ミルクコーヒー
  • ティー
  • ミルクティー
  • レモンティー
  • オレンジジュース
  • ミルク

etc……。

 

「そしたらコーヒーください」

「わかりました」

どうやら、このお店は飲みものだけで、軽食などはないようであった。

しばらく待っていると、白いカップに入ったコーヒーが目の前に置かれた。

「どうぞ」

「ありがとう」

と、学は言い、一口コーヒーを啜る。

(あ、美味しい……)

と、素直に感じた。

仄かに酸味の効いたコーヒーであり、苦みの中にもまろやかさがある。

これは、丁寧に豆から挽かないと出せない味であろう。

久しぶりの本格的なコーヒーを飲み、学は気分がよくなった。

「美味しいです。すごく」

「それはよかったです」

「こんなところに、こんなお店があるなんて知りませんでした。いい雰囲気のお店ですね……」

「でも、あんまり流行ってないんです。駅から離れているし、奥まったところにあるから……」

と、女性は肩を落とした。

そして、カウンターの奥でグラスを磨きながら、学に尋ねた。

「あの、お客さんはお仕事中ですか?」

「あ、いや……」

今は平日の日中。

普通の社会人なら働いている時間帯である。

だが、学は現在無職だ。

だからこそ、こうして平日の昼間からブラブラしていられるのである。

「実は、今無職でして」

と、学は正直に告げる。

隠していても仕方がないと思ったのだ。

「そうなんですか」

「ちょっと前の会社がブラックなところで、精神を病んでしまったんです」

「はぁ、ブラック企業とか多いって聞きますもんね」

「はい」

「あの、ちょっと提案なんですけどいいですか?」

「ん、提案ですか?」

「えぇ。あの実はこのお店、私一人でやっているんですけど、ちょっと男手が欲しいなって思っていたんです。それで、あなたさえよければ、ここで働いてみませんか?」

「ここで働く」

学は繰り返した。

同時に、働いてみたいという希望も湧き出してきた。

「いいんですか? 俺が働いても??」

「もちろんです。やってもらえると助かります」

「わかりました。じゃあ、俺、ここで働きますよ。いつまでも無職ではいられませんからね」

「ホントですか? ありがとうございます。そしたら、明日でいいので履歴書だけ持ってきてもらえますか? 軽く面接もしますので……」

「はい」

こうして、学は再就職に向けて第一歩を踏み出したのであった。

 

翌日――。

学はり歴書を書き、再びグーテンベルクを訪れた。

日中はお客様がいるかもしれないので、面接は閉店後の店内で行われたのである。

時刻は午後九時。

辺りはひっそりと静まり返っている。

店内に入ると、店の掃除をしている女性が映り込んだ。

「あ、昨日の……、よかった来てくれたんですね」

「えぇ。お掃除中ですか?」

「はい、そしたらテーブル席に座ってください。私もすぐ行きますから」

言われたままに、学は席に座った。

すると、女性がやって来て、

「今日はわざわざすみません。そういえば、私の自己紹介がまだでしたね、私は、相沢由美子です。年齢は、ええと、ここだけの話、二十歳です」

「ふぇ? 二十歳?」

「あはは、冗談ですよ、今年三十八歳になります。もういい年でしょ」

これは意外であった。

二十歳というのは明らかにおかしいが、それでも二十代後半といっても通用するくらいの美貌をしているのだ。

「それじゃ履歴書を預かりますね」

学は履歴書を渡した。

すると、由美子はそれをまじまじと見つめている。

「高坂学さんですか。年齢は二十六歳。う~ん、私よりも十歳以上年下なんですねぇ」

「一生懸命働きます」

「ありがとう。そうしたら明日から来れます?」

「グーテンベルクは、十一時開店の二十時閉店なんです。だから、十時半くらいに来てください」

「わかりました」

こうして、学の再就職が決まったのであった――。

〈続く〉



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