連載官能小説『ひょんなことから温泉宿の若旦那になってしまいました』第1回

連載官能小説

連載官能小説『ひょんなことから温泉宿の若旦那になってしまいました』第1回

「あの、別れてほしいの」

と、相田健介は、付き合っている女性に別れを切り出された。

「え? どうして?」

「他に好きな人ができたの。だから私は忘れて」

「そんな……」

目の前が真っ暗になる。

付き合って一年。

順風満帆に来ていたと思ったのに。

「どうしてもダメなのか?」

「うん。ゴメンね」

一つの恋が終わった瞬間であった。

 

健介にとって痛手だったのは、彼女が好きになった相手というのが、自分の親友であったということだろう。

だからこそ、健介は何も信じられなくなった。

(俺、どうやって生きていこう?)

自殺まで考えた。

しかし死ねない。

生きたくないのに、死ぬのは怖い。

中途半端な時期が続いた。

結局、健介は働いていた仕事を辞めて、田舎へ引き返すことになる。

そこで心機一転、頑張ろうと思ったのである。

 

「健介。あんたお見合いしてみない?」

田舎では、健介の両親が暮らしている。

両親は、健介の帰郷を悦んでくれたが。将来を心配していた。

何しろ、健介は既に三十歳を超えているのである。

普通なら、そろそろ結婚くらいする年齢であろう。

彼は、昔の彼女と結婚を考えていた。

それができなくなってしまい、途方に暮れていたのである。

「お見合い?」

「そう」

「相手は誰?」

「それがね。雷鳴温泉ってあるでしょ」

と、母親が告げる。

雷鳴温泉というのは、この田舎の村の観光名所である温泉宿である。

「雷鳴温泉の従業員?」

「従業員っていうか。女将さん。つまり、あんたは温泉宿の旦那になるってわけ」

「俺が旦那に……、そんな、嘘だろ?」

「向こうがぜひあんたとお見合いしたいっているのよ。だから受けてみない」

断る理由はなかった。

というか、何かを変える変化が欲しかったのである。

そこで、健介はお見合いの申し出を受けることにしたのであった。

 

後日――。

お見合いは、雷鳴温泉の一室で執り行われた。

相手の女将の名は、冴島美奈子。

今年四十歳になる壮年の女性である。

美奈子は、若くして女将になったため、婚期を逃していた。

ずっと、女将として働いていたので、なかなか結婚に踏み切れなかったのである。

しかし、それではダメだと、美奈子は一念発起し、お見合いをすることになったのだ。

健介の美奈子へ対する第一印象は、かなり優しそうに見えるということであった……。

これまで付き合ってきた女性とは少し違うオーラを感じていたのである。

やはり、若くして女将になっただけだって、風格がありながら、その中にも慈愛の心が垣間見えるのだ。

「それじゃ後はお二人でごゆっくり……」

と、仲人に言われ、健介と美奈子は二人きりになった。

最初に声を出したのは美奈子の方である……。

「相手がこんなオバサンで驚いたでしょう?」

と、美奈子は自分を卑下して言った。

確かに美奈子は四十路であるが、決してオバサンには見えない。

二十代後半と言っても通用しそうな顔立ちをしているのだ。

つまり、若々しい。

それでいて、カラダの方も豊満である、包み込むような優しさがあった。

女性らしいカラダのラインが、健介の心を惹きつける。

「いえ。俺だって、もうおじさんですし……」

「でも、まだ三十歳でしょう。若いわ」

「そんなことないです。あなたはとてもキレイだと感じます」

「フフフ。ありがとう」

……。

沈黙。

健介は元来口下手である。

そのため、何を言っていいのかわからなかった。

無言状態がかなり痛く感じ、健介は何を話そうか考えていた。

「そんなに緊張しないで、私まで緊張してしまうわ」

と、美奈子は告げる。

美奈子自身、女将としての経験があるから、初対面の人間には慣れている。

しかし、これはお見合いだ。

客に接するのとは、勝手が違う。

「あの、俺でもいいんですか?」

「俺でもいいって?」

「えっと、つまり、結婚の相手が俺でもいいのか? ってことです」

「なんでそんなことをおっしゃるの?」

「だって、この旅館って、ここら辺の観光名所でしょ。そこの旦那が、こんなわけのわからない人間でいいのかなって思って」

「私の父はあなたのことを気に入ってるみたいよ」

「そうなんですか?」

「えぇ、いい人が来てくれたって悦んでるの。それに、私もあなたみたいな人だったら安心できるし」

「そう言ってもらえると嬉しいです。俺、ココで心機一転頑張りたいんです」

「そう。なら、私たち、一緒になった方がいいかもしれないわね」

こんな風にして、縁談はとんとん拍子に進んでいった。

やがて二人は婚約し、結婚することになる。

ただ、結婚式や新婚旅行などは行わなかった。

あまり仰々しいのは苦手だし、気軽に旅行などしている時間はなかったのである。

こうして、健介の新しい日々が始まった――。

 

「あの、俺は何をすればいいんですか?」

と、健介は美奈子に尋ねた。

すると、美奈子は意外な言葉を口走ったのである。

「健介さんは、何もする必要はありません。しばらくは、ゆっくりこの旅館をお楽しみください」

「でも……」

「まずは旅館を理解する。それができてから、仕事を始めても遅くはありません」

「そうですか」

都会で暮らしていた時は、仕事に忙殺されていた。

だからこそ、この何もしないという生活は、彼に衝撃を与えたのである。

(何をしたらいいんだろう?)

健介は、ゆっくりと昼頃まで眠っていると、午後になって起きて、ご飯を食べてから、旅館の中をウロウロしていた。

今の時期はシーズンオフ。

つまり、お客さんはほとんどいない。

だからこそ、旅館内はほぼ健介の貸切状態になっていた。

何もないという環境は、逆に気疲れしてしまう。

(温泉でも入るか……)

と、健介は考えた。

雷鳴温泉には、有名な子宝の湯という露天風呂がある。

そこに入ってみようと思ったのだ。

夕方の温泉は、若干の宿泊客がいるのみで、ほとんど人気がなかった。

温泉に浸り、リラックスすると、疲れがスッと引いていく。

温泉を出て、自室に引っ込み夜を待つ。

美奈子と結婚したのだが、一緒に寝ていない。

本当に夫婦なのか?

と、勘繰りたくなる状態なのである。

しかし――。

今日は違っていた。

彼が布団の中でもぞもぞしていると、トビラがノックされたのである。

「どうぞ。開いてますよ」

「私です」

その声は美奈子のものであった。

「あぁ、美奈子さん。どうしたんですか?」

「今日もう仕事が終わったので、妻としての役目を果たしにしきました」

「妻としての役目……、ですか?」

「そうでございます」

そう言うと、美奈子は健介の布団の上に座り込んだ。

〈続く〉



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