連載官能小説『とあるコーヒー店の猥談』第1回
コーヒー店でアルバイトをしている前田健司は現在大学生。
二十歳の学生である。
そんな彼には、ある悩みがあった。
その悩みとは――。
「彼女がいない」
というものである。
通常、二十歳となると、彼女がいたとしても、何ら不思議ではない。
しかし、健司は生まれてから一度も女性と付き合ったことがないのである。
付き合ったことはおろか、手をつないだり、キスをしたりしたことだってない。
同時に、童貞である。
二十歳になってもまだ、童貞であることに、彼は焦りを感じていた。
風俗に行って、さっさと童貞を卒業しようという手段も考えた。
しかし、学生である彼は、風俗に使えるようなお金があるわけではない。
また、変な病気をうつされるのではないかと怖くない、なかなかお店にも行けなかったのである。
彼は大学の授業を終えると、アルバイト先であるコーヒー店に向かう。
このコーヒー店は全国に店舗を展開するチェーン店であり、業務のほとんどがマニュアル化されているので、誰でもできる仕事になっている。
彼は主にキッチンたち、コーヒーを淹れたり、サンドイッチを作ったり、忙しく働いていた。
恐らく、他にも割のいいアルバイトはたくさんあるだろう。
コーヒー店のアルバイトは、忙しい業務の割に給与があまりよくなり。
だから、人の入れ替えが激しいのだ。
そんな中、彼がコーヒー店のアルバイトを続けるのには理由がある。
その理由とは、店長である支倉由美に憧れているためなのだ。
由美は、今年三十歳になる若手の店長である。
アラサーの女性なのだが、結構童顔であり、二十代前半のアイドルのようなルックスをしている。
おまけにスタイルも抜群である。
身長は、一六〇センチと、それほど高いわけではないが、足がすらっと長く、幾分か高く見える。
コーヒー店のアルバイトは、店から支給された制服を着用するが、店長は別である。
店長職の人間は、クラシカルなスーツを纏っている。
由美も、シックなパンツスーツを着用しており、それがまた魅力的なのだ。
ピタッとしたパンツスタイルは、ヒップの盛り上がりを、これでもかというくらい強調し、女性らしいラインを見せつけてくれる。
また、ジャケットもショート丈になっており、ウエスト部分がスッキリしているのだ。
そして、ブラウスからはち切れそうになっているバストが素晴らしい。
健司の勝手な憶測だが、由美はきっとEカップ以上ある。
と、そんな風に彼は考えていた。
ジャケットを着用しても、胸の大きさがハッキリとわかるので、破壊力が凄まじいのである。
由美は、真面目な店長なので、アルバイトには結構厳しい。
アルバイト同士でおしゃべりをしていると、喝を入れるし、同じミスを何度もした場合は、叱責することもある。
だが、そんな厳しさも素敵なだなぁと、健司は思っている。
同時に、由美に怒られていると、何だか変な気分になってきて、逆に興奮してしまうのである。
もしかして、自分は変態なのかもしれない……。
怒られて興奮するという、少し困った性癖を持っていたのである。
そんな風にして、健司はアルバイトを続けていたのだが、ある日彼は、由美の窮地を救うことになるのである。
ある日――。
健司がコーヒー店に行き、更衣室で着替えを済ませて仕事に出ようとした時、店長室から何やら物音が聞こえてきたのである。
その日は、コーヒー店のエリアマネージャーがやってくる日であり、店長室で会議をしているようであった。
ただのアルバイトである健司には、全く関係ない話なので、特に気にしていなかったのだが、大きな音がするので、店長室の前に立ってみた。
すると中から――。
「止めてください」
という声が聞こえてきたのだ。
その声は、他でもない由美のものである。
何か困っているような声であった。
そこで、健司はトビラをノックして中の様子を探ろうとしたのである。
「店長、いますか?」
すると、エリアマネージャーの声が聞こえてくる。
「今、取込み中だよ。後にしろ」
エリアマネージャーの男性は、結構嫌みな奴で、アルバイトの人間は皆嫌っている。
健司も苦手意識を持っていた。
ただ、由美の助けを呼ぶ声を聞き、そのままではいられなくなった。
彼はエリアマネージャーの声を無視してトビラを開けた。
途端、驚きの光景が飛び込んでくる。
なんと、エリアマネージャーが、由美のジャケットを強引に脱がそうとしているのだ。
「な、何をしてるんですか」
と、健司は叫んだ。
エリアマネージャーはバツが悪くなったのか、舌打ちをして、
「何、勝手に入ってきてるんだ。入るなといっただろ」
「店長の助けを呼ぶ声が聞こえたんで。それに、こんなことしていいと思っているんですか? 本社に通告しますよ」
健司はぴしゃりと言った。
立場が危ういと感じたエリアマネージャーは、健司をドンと突き飛ばし、その場から消えていった。
どうやら、窮地は脱したようである。
ふと、由美の方に視線を滑らせると、彼女は小刻みに震えていた。
きっと怖かったのだろう。
「大丈夫ですか? 店長……」
「う、うん、ありがとう、前田君」
その時は、それで終わった。
しかし、仕事を終えてタイムカードを切り、更衣室へ向かう最中、健司は店長に呼ばれたのである。
店長室に入ると、由美がデスクに座って待っていた。
店長室は、それほど広くない。
四畳ほどの空間にデスクや棚があるだけである。
そんな小ぢんまりとした部屋で、憧れの由美と二人きり。
健司の胸は高鳴っていく。
「昼間はありがとう。前田君」
昼間の件というのは、エリアマネージャーに迫られていたということであろう。
健司は、そこから由美を救ったのである。
「いえ。店長こそ大丈夫ですか?」
「えぇ、もう大丈夫。だから安心して……」
沈黙……。
ふと、由美を見ると、頬を赤くしている。
その姿を見ると、何かこう初々しい感じがして堪らなくなるのである。
しばらく健司が黙り込んでいると、由美が言った。
「昼間のお礼がしたいの? 何かしてほしいこととかあるかしら」
してほしいこと?
何でもいいのだろうか?
しかし、健司は分別のつく大人でもある。
「そしたら、ほっぺにチューしてください。それでいいですよ」
と、冗談めかしてそう言った。
すると、一層由美の頬が赤くなる。
「チュー? キスしてほしいってこと」
「そうです。ダメですか」
由美は迷っているようだった。
しかし、異を決したように、すっくと立ち上がると、なんと健司のほっぺたにキスをしたのである。
あまりの展開に、健司は驚いた。
冗談で言ったのに、まさか本当になるとは……。
キスを終えると、由美は顔を赤くしたまま、再び座り込んだ。
嬉しくなった健司は、ありがとうございますと告げ、その場を後にした。
すこぶる気分がいい。
まさか本当にキスをしてくれるとは思わなかった。
その時の光景を思い出す。
健司自身、女性からキスをされるのは初めてであった。
できれば唇にして欲しかったが、それは過ぎたる願いであろう。
しかし、あれはものすごかった。
由美の唇は、ぽってりとしており、プニプニと柔らかかった。
水分をたっぷりと含んだ唇の感触を思い出しながら、健司はにんまりと笑みをこぼす。
嬉しくて堪らない。
憧れの由美と、少しだけ近づけたような気がしたのである。
そんな中、彼は由美のもう一つの秘密を知ってしまうことになる。
それは、エリアマネージャーの一件から一週間たった日のことであった――。
〈続く〉
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