連載官能小説『新潟で出会った美熟女』第1回
関東を中心に居酒屋チェーン「美味しん坊」を経営している、「株式会社美味新」に勤める坂田雄介は、美味新の本社の企画室において、新メニューの開発に取り組む、若手の社員である。
居酒屋のメニューは、それこそ膨大にある……。
美味しん坊では、毎週のように新メニューを発表し、客の舌を楽しませているのだ。
ただ、この新メニューを作るのは、容易なことではない。
毎回、企画室のメンバーで四苦八苦しながら生み出すのだ。
つまり、産みの苦しみという奴である。
今回も雄介は新メニューの制作に、心を砕いていた。
そんな中、彼にある辞令が下る。
それは――。
「地方の料理をみてきて、それを新メニューの開発に活かす」
というものである。
地方の料理を実際に味わい、それを武器に新メニューを作ろうという試みだ。
そんな辞令が下ったものだから、雄介は米どころで有名な新潟県に赴くことになったのである。
新潟は北信越の県だ。
縦に長く、上越、中越、下越と、主に三つの地区にわかれている。
今回彼が向かうのは、新潟の中心地である下越の万代というところである。
新潟は米や酒が有名だ。
もちろん、食事だって美味しいだろう。
観光客も多く、ここに行けば新メニューのヒントがつかめるかもしれない。
と、雄介は考えながら、地方都市、新潟に向かった。
雄介は東京都の世田谷区で暮らしている。
そして、東京から新潟までは、新幹線に乗れば一本で行けるのである。
今回、雄介が向かう新潟市万代という地区は、新幹線の停車駅である「新潟駅」の近くに存在している繁華街だ。
大体2時間弱で新潟まで行けるため、決して遠くではないのである。
旅行用のボストンバッグを持ち、彼は東京駅に向かった。
東京駅と言ったら、日本の玄関と言っても過言ではないだろう。
大勢の利用客であふれかえっていた。
そんな人波を縫うように歩き、彼は新潟行の新幹線「上越新幹線」に乗車するのであった……。
駅のホームにあったお弁当屋で、駅弁とお茶を購入し、それを車内で食べることにした……。
牛焼肉定食弁当。
なかなかパンチのあるお弁当である。
上越新幹線の停車駅である「大宮駅」を過ぎたあたりから食べ始めて、途中駅である「高崎駅」で食べ終える。
この間は大体一時間くらいなので、ゆっくりと弁当を食べた計算である。
(居酒屋で焼き肉っていうのもいいかもな……)
と、ぼんやりと考えてしまう。
しかし、居酒屋で本格的な焼肉は難しいだろう。
焼き肉が食べたければ専門店に行けばいい……。
わざわざ居酒屋に行く必要性がないからだ……。
やがて、新幹線は新潟駅に到着する……。
車内はそれほど人が残っているわけではない。
今は十月。
年末年始や夏休みの時期に比べると、人の波は幾分か穏やかである。
しかし、観光シーズンでもあるので、一定の人間が新潟駅で降りるようであった。
新潟駅のホームに降り立ち、ゆっくりと深呼吸をする。
清々しい空気である。
都心にはない、柔らかさがあるような気がした。
雄介はまず、ホテルに向かう。
しかし、そこで問題が起きることになる……。
「ご予約されていないようですが……」
と、フロントのスタッフに言われてしまったのである。
どうやら、予約をしたつもりになっていたらしく、予約が取れていない状況であった……。
そして、不幸にも本日は満室であり、そのホテルには泊まれなかったのである。
(別のホテルを探そうか……)
と、思案し道端に出た時であった。
いきなりホテルから飛び出してしまったため、丁度走ってきた自転車とぶつかりそうになってしまったのである。
幸いなことに直撃は免れたが、バランスを崩した自転車の相手が転んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
慌てて雄介は手を差し伸べる。
相手は女性であった。
それも、飛び切りの美女である。
年は恐らく三十代前半。
もしかすると、もう少し若いかもしれない……。
切れ長の瞳は、さながらネコを想わせるようで、愛らしい雰囲気がある。
また、スタイルも申し分ない。
彼女は、シンプルな白ブラウスに、ボトムスはスキニーな黒のデニムを穿いている。
全体的にタイトな装いであり、カラダのラインがくっきりと出ているのだ。
シンプルなスタイルな分、着こなすのが難しいであろう。
それをすんなりと着こなしている彼女の雰囲気に、雄介は飲み込まれそうになっていた……。
「いたた、私は大丈夫です。あなたは?」
と、女性は言った。
悪いのはこっちなのに、どういうわけか謝れている。
何だか申し訳なくなる。
「俺は大丈夫です。さぁ、立てますか?」
雄介はそっと手を伸ばし、女性を立たせる……。
女性は雄介の手に掴まり、ゆっくりと立ち上がった。
そして、女性は雄介に向かって言う。
「ホテルから出てきたってことは、もしかして旅行ですか?」
「えっと、まぁ旅行というか仕事の関係で……」
居酒屋の新メニューを作るため、わざわざ新潟県までやってきたのである。
だが、手違いでホテルが取れなくなってしまった。
だから、新しいホテルを探しているところなのである。
こんなことを、見知らぬ人間に話すのはおかしな話だが、気づくと雄介は女性に話していた。
それだけ、彼女の持つオーラが話しやすい雰囲気だったのである。
すると、女性は意外なことを口走った。
「泊るところがないなら。家に来ますか? ぶつかったお詫びもしたいですし」
「しかし、ぶつかったのはこっちですよ」
「前を見ていなかった私も悪いですから。とにかく行きましょう」
こうなると、女性は強引であった。
だが、泊まる場所を提供してくれるのは嬉しい……。
ここはお言葉に甘えようかな?
と、雄介はそんな風に考えた。
二人は並んで歩く最中、軽く自己紹介をしておいた。
女性の名は桐谷美紀。新潟市の繁華街にある小さな料亭の料理人らしい。
今日はたまたま休みで、近所を自転車でブラブラしていたようであった。
まさか料理人とは……。
雄介も、実際に客の前で料理を作るわけではないが、居酒屋チェーンの本社に勤務し、日々新メニューと格闘している。
つまり、料理人と言っても過言ではないだろう。
だからこそ二人は意気投合したのである……。
「居酒屋の新メニューですか」
「はい。そうなんです。そのヒントを探るために、遥々新潟までやってきたんです」
と、赤裸々に語る雄介。
美紀はそんな雄介が気に入ったようである。
「なら、新潟の郷土料理を食べていくといいわ。きっと何かのヒントになると思うし」
と、意気揚々と告げる。
新潟の郷土料理?
そうはいっても、どんなものなのかわからなかった。
新潟と言えば、米や酒が有名である。
何か有名な食べ物があるのだろうか?
「そうと決まったら、買い出ししないとね……。雄介さん、家に帰る前にスーパーに寄っていくからね」
なかなか強引な女性である。
しかし、新潟の郷土料理が食べられるようだ。
確かに美紀の言うとおり、地方の料理は新メニューのいいヒントになるだろう。
雄介は、彼女に従い、近くのスーパーに向かった――。
スーパーで買い出しを終えた二人は、美紀の住んでいる自宅に向かう。
美紀の自宅は、新潟駅の万代という街から少し離れたところにあった。
閑静な住宅地である。
その中に佇む小ぢんまりとしたマンションが、美紀の自宅のようであった。
〈続く〉
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